飯田亮名言集!

 

飯田 亮  

 

生年月日 昭和8年4月1日生  

東京都出身  セコム株式会社取締役最高顧問

【名言集】

 

企業の利潤、商売の利益というものは

社会に対する貢献度によって決まるものであり、

その貢献度合いによって社会は企業に利潤をもたらす。

社会に貢献しない企業は、だから利潤は得られないし、

たとえ得たとしても、又それは何日も続かない。

 

そして、その企業は社会から消える。

 

 

 

 

自分を励ますために心の太鼓をたたくという術を

長い間かけて少しは身につけてきたのでしょう。

心の太鼓はあくまでも自分でたたかないと、

他人はたたいてくれませんよ。

自分で自分の太鼓を鳴らさなきゃ。

 

 

 

規制や規則は大幅に撤廃するのがよい。

細かい規制や規則があると、

人間は創造的な仕事を伸び伸びとしなくなる。

第一、規制や規則の中に人間が埋もれて活性化できない。

 

 

 

仕事というのはやめなければ本物になる。

続ければ、必ずものになる。

 

 

 

漁師の精神を学ばなければいけない。

漁師はつれなければ、

狙う魚を変え、

道具を変え、

場所を変える。

いつも同じところにじっとしていて、

「魚がこないね」

と嘆いているだけではダメだ。

 

 

 

自分たちが最高だと思ってやっていることを

真っ向から否定しないと、

新しいものは生まれてこない。

昭和 8年 4月 1日 東京都中央区日本橋馬喰町の酒類問屋・岡永商店(現・株式会社岡永)の五男として生まれる。
昭和27年 3月 神奈川県立湘南高校卒業。湘南高校ではラグビー部を創設。
昭和31年 3月 学習院大学政経学部経済学科卒業。学習院大学ではアメリカンフットボール部を創設。
  大学卒業後は、父・紋治郎の経営する株式会社岡永に入社。
昭和37年 7月 29歳で独立し、日本で初めての警備保障会社、日本警備保障株式会社を設立、代表取締役社長に就任。
昭和41年 6月 日本で初めてのオンラインによる安全システム「SPアラーム」を開発。その後、全国体制を敷き、安全システムの多様化をはかり、社会への安全の普及に努める。
昭和49年 6月 東京証券取引所第二部に上場。
昭和51年 2月 代表取締役会長に就任。
昭和53年 5月 東京証券取引所第一部に上場。
昭和56年 1月 日本で初めての家庭用安全システムを発売。
昭和58年12月 セコム株式会社に社名変更。
平成 元年 1月 「社会システム産業元年」を宣言。安全システムで構築した情報通信ネットワークをベースに、安全、情報、医療、教育など社会にとって基盤となるような分野において、安心で便利で快適なサービス・システムを創造し、新しいトータルな社会システムの確立をめざしている。
平成 9年 6月 代表取締役会長を退任し、取締役最高顧問に就任。